スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |

劉邦と沛出身の仲間達

JUGEMテーマ:歴史

 

 

懐王の勢力下に入る前の劉邦は、酒色を好み、家業を嫌い、縁あって務めていた下級役人の仕事にも不真面目に取り組んでいたため、後に劉邦の天下統一を助ける同郷の蕭何(しょうか)と曹参(そうしん)もこの頃は劉邦を高くは評価していない。

 

蕭何

 

劉邦はあまり褒めるべき点がないような人物であったが、仕事で失敗しても周囲が擁護し、劉邦が飲み屋に入れば自然と人が集まり店が満席になるなど、不思議と人望があった。

 

 

「陳勝・呉広の乱」が起こり、秦の圧政に対する反乱が各地へ広がっていくと、蕭何と曹参は人気のある劉邦を担ぎ上げ、反乱に参加することを決める。

 

曹参

 

この時に、劉邦が集めた兵力は23千で、配下には蕭何と曹参の他に、犬肉業者をやっていた樊カイ(はんかい)などがいた。

 

樊カイ

 

 

 

ほどなく、劉邦は張良との運命的な出会いをする。

 

 

後に軍師として劉邦の天下統一の立役者となる張良は、自らの兵法を指導者としての資質ある者に託そうと、さまざまな人物に説いていたが、誰からも相手にされないでいた。

 

 

ところが、劉邦は出会うなり熱心に張良の話を聞き、感激した張良は、以降、劉邦の作戦のほとんどを立案し、ほとんど無条件に採用された作戦の数々は大きな戦果を上げていくことになる。

 

張良

 

 

項羽とは別ルートで咸陽を目指す劉邦は、降伏した土地の役人に対して身分の保障を約束する戦略で、度々無血開城に成功しながら各地を攻略していたので、その進軍は激しい戦闘を繰り返す項羽よりも早かった。

 

 

 

劉邦軍が項羽軍よりも先に関中へと入り、秦の首都・咸陽を目の前にすると、観念した秦の王・子嬰は、劉邦の所へ白装束に首に紐をかけた姿で現れ、皇帝の証である玉璽などを差し出して降伏する。

 

劉邦の部下の多くは子嬰を殺すべきだと主張したが、劉邦は子嬰を許した。

 

劉邦

 

 

劉邦が咸陽に入城すると、元来が遊び人で田舎者の劉邦は、宮殿の財宝と後宮の女達に興奮して喜ぶが、樊カイや張良に諫められると、それらに一切手を出さなかった。

 

 

ここでの我慢は、後々、劉邦が項羽と雌雄を決する際に、多くの人々からの信用を集める一因にもなる。

 

 

 

 

 

 

かなり簡略化し、玄人向けではないけれど深い、歴史や伝説などを表現するブログ

 


歴史や伝説の偉人を5行で表現するブログ

 

 

 

| 3.楚漢戦争 (沛公・劉邦) | 04:00 | - | - |

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--